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9.1(トロント〜ロッキーマウンテン横断一人旅編)
8月18日から31日までVIA鉄道とバスで一人旅に行ってきた。生まれて初めてのまともな一人旅ってことで行く前はちょっとドキドキしとった。何で一人旅かって言うと、日本にいるときから『世界の車窓から』が好きで、いつか一人で電車で旅してみたい!と思っていたから、という全く単純な理由である。でも終わってみて、こんなにも素晴らしいもんになるとは思わんかった。先にバンクーバーへ一人旅に行った友達が、"coudn't
be better" と言ったのも納得がいく。
と言うわけで、トロントからウィニペグ、エドモントン、ジャスパー、バンフ、カルガリー、そしてまたエドモントンへ戻ってトロント、移動距離約7570km、2週間の一人旅。
まず、旅行に出かける数日前の出来事から書くことにする。ありゃ確か8月16日(木)で、数日間背骨が痛く、迷った末についに医者に行くことにした。で、待合室で待つこと約2時間強、やっと診察してもらえた。「日本と同じで2時間待ちの5分診療か…」と思ったけど診察は意外に2、30分に及んだ。「背骨が痛いんです、ここ5日くらい」(英語ね、ホントは)で、その女医は俺のリュックを見つけて、ちょっと持ち上げてみて、「いつもこれより重いの持ち歩いてんの?」「そうっすねぇ、辞書がいるからね」(俺の辞書は前にも書いたけどでかくて重い)「学生みんな背骨痛めるのよ、重いバックパックのせいで」俺の場合辞書を担いで約4ヶ月、それで痛めたわけやね…。リュックにはいつも辞書、電子辞書、サイフ、携帯用ラジオ、プリント類、筆箱、デジカメがはいっとる。
でTシャツを捲り上げて俺の背骨を診察しだしたんやけど、そこで俺の手術の痕を発見。「これ何?」「気胸(ききょう)っす、でも4年も前ですよ」そう、俺は浪人時代の受験約2週間前に右肺に穴があいて風船が破れるようにしゅるしゅると縮んでしまったのだ。で、右わき下にホース刺されて空気をぬいとったんやけど、治らず結局手術したってわけ。痛かった。そこでその女医は気胸の再発を疑いだした。「気胸でも背骨のあたりが痛むことがあるのよ」それで診察が長引いて、レントゲンを受けろ、と言われた。背骨痛の薬を約3日分もらって、レントゲンのため違う病院へ行く。しかし受付の人が俺の保険は使えない、という。よう考えたらプライベートカンパニーの保険で、提携先の診療所しか使われへんのやった。35ドル払えばレントゲン撮れるよ、というがアホらしくて止めた。どうせバックパックの持ちすぎやって、肺は元気です、と自分で判断して学校に遅れて行った。
次の日、例の女医からのメッセージが留守電に入ってたけど、ごめんなさい、明日から旅行なんです、と心の中で謝って無視。
8月18日(土)
俺の乗る"The Canadian"は朝9時にトロント発。早めに着くために朝7時ごろ起きて、家を出る。何しろ乗り遅れたら次の電車2日後やから、遅れるわけにはいかん。医者に背骨が治るまでは重いもんを背負うな、と言われたので、バックパックなのに手で持って移動。奇妙な姿と言えばまあそうかもしれん。かなり重くて駅に行くまででしんどかった。
今時遠くに行くんやったらみんな飛行機使うって、電車に乗るやつなんかおらんやろ、っておもっとったんやけど、行ってみるとすでにゲートが開くのを待つ人たちの列が出来ていた。しばらく待ってゲートが開き、エスカレーターを上り地上に出ると、薄暗く、ほとんど白熱球の明かりしか届かないホームで長い長いカナディアン号が待っていた。電車に乗ると乗務員に「どこに行くの」と聞かれ「ウィニペグ」と言うと「ここに座って」とおじさんの横に座らされた。この人が俺の旅の一人目の出会いだった。電車は予定通り9時に出発した。おじさんはカムループス(バンクーバーの近く)の近くのネルソンと言う小さな町で高校教師をしていると言う。昔は英語(つまり国語)を教えてたらしいが今はカウンセラーをしているらしい。日本にも行ったことがあって、鎌倉とかを訪れたっつってた。日本食も好きらしい。天ぷらとか。特にサツマイモの天ぷらが好きだっつってったけか。そんな風にたまにしゃべったりしながら電車はわりとゆっくりと走り続けた。電車が出発して数時間もすると近くの席の人たちは仲良くなっていた。俺の次の駅、マニトバ州の州都ウィニペグまではトロントから約20時間だ。
朝ご飯はホストマザーに作ってもらったサンドウィッチ。昼ごはんは食費を節約するために(予想通り車内販売は割高だった)スーパーで買ったスパゲティ缶。やはり温かくないのでおいしくなかった。夜ご飯はパスタ缶(パスタの中にミートが入っている)。スパゲティ缶よりはうまかった。夜はかなり寝苦しかった。シートはわりと倒れるけど、寝返り打たれへんし、背骨痛いし。
8月19日(日)
次の日、朝飯はサーモン缶。これが一番うまかった。これで缶詰は全て食い尽くしてしまった。しかし3食で約5ドルちょいとかなり食費を押さえられた。時差のため時計を1時間戻す。
オブザベーションデッキ(車両の約3分の1がラウンジ、もう3分の1が展望席、そして残りの3分の1が食堂になっている。コーヒーショップもある)でコーラ飲みながら外を見ていると、近くのグループのおっちゃんが俺をスクラブル(英単語を組み合わせて点を稼ぐゲーム。長い単語ほど点が高くなる)に呼んでくれた。そのおじさんはおしゃれにもマックの白のラップトップを持っていた。スクラブルもパソコンの中にはいっとる。ネイティブ3人プラス日本人1人でスクラブルはかなり分が悪いぞ、単語量が違いすぎる。でもボーナスポイントとかあるから絶対勝たれへん、てわけでもない。運と実力のゲームだ。しかし結果は見事に惨敗だった。容赦ないし。でもおっちゃんと話せたし、結果はどうでもいいのだ。
電車は2時間遅れでやっとウィニペグに着いた。地球の歩き方を見てホステルへの行き方をチェック。行って満室だったら無駄足なのでとりあえず電話して空きベッドがあることを確認。で駅前でなんかごそごそしていると、俺の近くの席だったフランクに会って、「俺もトロントに住んでんねん」とかいう話になって、電話番号を教えてくれた。彼はバンクーバーに行くらしい。俳優になりたいとも言っていたので、俳優修行に行くんだろうか。フランクと別れてホステル行きのバスをチェックするとなんと日曜は運休。仕方なく歩いていくことに。今回の旅でわかったことは、実際の距離は地図を見て想像するよりも遠い、ということである。と言うわけで、まぁ20分くらいやろう、と思って歩き出したんやけど着いたのは40分後くらいだっただろうか、バックパック重いし背負われへんし。
ホステルは見た目普通の民家だった。フロントで鍵をもらって2階へ上がりドアを開けると狭い部屋に2段ベッドが二つにエキストラベッドが一つ。みんながでかいパックパックを置くのでほとんど歩く場所がない。男が二人寝ていた。俺のベッドはエキストラベッドだ。俺が寝っ転がっていると2人の男は起きて話し始めた。リアルイングリッシュなのでかなり聞き取りにくかったけど、「映画見に行ってくる、IMAXなんだ」「IMAXか…」せっかく来て映画しか楽しみが無いのか、この街は…?と少し不安になる。実際3日滞在してみて全く何もない街であることに気付くのであるが…。そのあと晩飯を食うために出かける。外をうろうろしてもレストランらしきものが全く見当たらない。やっと見つけたのがマクドナルド。「マクドはイヤだー」と思ってさらにちょっとうろうろしてみるが見つかる気配はないし疲れていたので仕方なくマクドへ。
ホステルへ帰ってベッドに横になるとめちゃくちゃ沈む!沈みすぎて寝返りも打ちにくい。ハンモックみたいである。背骨痛いしこんなベッドいやだ、というわけで次の日の朝フロントへ行って変えてもらった。
部屋で「君日本人でしょ」と話しかけられ「何でわかったん?」と聞くと「日本人はどこに行ってもいるからね」と中国人みたいに言われた。それで話し出しんやけど、彼はフランス人で、なんと3ヶ月も一人旅をするという。おなじバックパッカーつっても俺なんかたった2週間やもんなぁ。すげぇなぁと思って、「寂しくないん?」と聞くと「そうだね、3ヶ月も一人で旅することは時には大変だと思うこともあるよ。でも親やと友達やガールフレンドとはメールで連絡とってるしね。でも旅をしていてある時気付くんだ、僕にはやっぱり親や友達やガールフレンドが必要なんだって」それでガールフレンドとは最後にケベックで会うことになっているらしい。一人旅の最後にガールフレンドとケベックで再会とは発想がいかにもおフランスである。ケベックの旧市街は北米唯一の城塞都市らしくその街並みは石造りで古く、それはそれは美しい、古き良きヨーロピアンな感じなのである。あのフランス人、カッコええって思った。名前はエミルっつったっけ。
8月20日(月)
とりあえずウィニペグ最大の観光地、という"The Forks"に行ってみるがあんまり大したこと無い。午前中なためか人影も少ない。まぁそれでもうろうろして昼飯食って、そばの川から出ているボートツアーに参加。確かに景色はきれいけど、それ以外には特に何も無い。そのあとは確か"Upper
Fort Garry Gate"という門を見たけどこれも小さく大したこと無い。それから"Manitoba Museum
of Man & Nature"「マニトバ人と自然の博物館」を訪れる。この博物館は昔の町並みを再現していてたり、でかい船があったりしてけっこうおもろかった。そのあとダウンタウンに行ってみるが普通にショッピングモールとかが広がるだけである。アジア人がかなり少なく、日本人の俺は、ぽつーん、といった感じだ。たまに中国人を見かけるが、韓国人はほとんどいない。チャイナタウンもあって、行ってみたけど、めちゃくちゃショボかった…。タウンになってへんがな!ってくらいだ。
ここ2日まともなもんを食ってないことに気付いた俺は帰りがけに日本料理を食うことにした。メニューを見るとどれもけっこう高い…。結局"Tonkatu"を食うことにした。with
salad って書いてあるし、野菜も食わねば。ここで俺はご飯とみそ汁も当然ついてくると勝手に思い込んでいたのであるが、来たのはトンカツとサラダだけ。ああ、そういえば「定食」の文字が無かった。でも普通トンカツ、といえば定食やろ、って思ったけどここはカナダ。仕方なくご飯、みそ汁、漬物なしでトンカツとサラダだけ食いました。ご飯なしでトンカツ食ったのは生まれて初めてだったような…。
部屋に戻ってみると新たに2人が。"hi"と一人に言ってみるが返事さえない。もう一人の方に言ってみると"hi"と返事は返してくれた。「うわメチャ愛想わる、どこの国の人やろ」と思って二人の会話を聞いてみるが何語がわからん。あとで偶然フロントの名簿を見てわかったんやけど彼らドイツ人。あん時は「うわー、ドイツ人でホンマに気難しいんやー」って思った。
8月21日(火)
朝飯はクッキーにミルク。今日はレンタサイクルを借りることにした。ホステルで借りると保証金が40ドル(壊したり盗まれたりせんかったら戻ってくる)と10ドルのレンタル代。けっこう安い。医者からもらった薬がなくなりかけていたので、薬局で同じの買えんのかな、と思って、袋を見てみると、イブプロフェン、解熱、鎮痛…。イブプロフェン?なんか聞いたことあるぞ。解熱、鎮痛ってこれバファリンと一緒ちゃうん?と思って薬局でバファリンを見てみると同じ成分を発見。バファリン買って出発。まずは歩いていくにはかなり遠い、"St.
Boniface"へ。何でもでかい教会があったらしいが火災で今は正面ファザードのみらしい。道に迷いまくって危うく街から出そうになって引き返してやっとたどり着くと、サンボニファスの周りにはスケッチしている人たちが5、6人。この建物はけっこうよかった。でうろうろしているとなんとテレビ局の人にインタビューされてしまった。サンボニファスはフランス人が建てた建物らしく、「フランス語話せる?」とか聞かれて、「いや、日本語と、英語がちょっと」というと、「ちょっと質問していいかな?」でその内容が「フランスコミュニティのツーリズムについて」とかなんかそんな感じやったと思う。知らんちゅうねん!ただの観光客に聞くことかい!でカメラ向けられてしかも英語で大したこと言えるはずもなく、かといって「地球の歩き方見て来ました」というわけにもいかず、「ただ僕はカナダの歴史や文化に興味があるだけです」としか言えなかった。あれ絶対ボツやろな…。「博物館には行くつもり?」え?博物館?どこにあるん?と思いつつ「多分ね」。そのあとその博物館"St.
Boniface Museum"を見つけて行ってみるとほとんど人はおらんかったが、またさっきのテレビの人に会った。フレンチ系って言われても、よくわからんよなぁ。
昼飯はフォークスへ戻ってナンで包んだチキンカレー。ありゃインド料理か?
そのあとは"Dalnavert Museum"(ダルナバート博物館)へ。この博物館は、博物館ちゅうより昔の家。学生は2ドルで、ガイドがつくので、留学生にはおすすめである。最初俺一人、ガイド一人やってんけど、あとから2人やって来て、たった4人のツアー。
それから"Winnipeg Art Gallery(WAG)"へ。ここもガラガラだった。あとウィニペグ大学も見に行ったけどこれもメチャメチャショボかった…。関学(俺の大学)より小さいがな…。
この時点で約5時。帰るにはちょっと早い。でもも見るようなところはほとんど見てしまった。そこで俺は郊外の"Assiniboine
Park"(アシニボイン公園)へ行くことにした。地球の歩き方にはダウンタウンから5kmってかいてあるけど、自転車で30分くらいかかったぞ。行ってみるとばかでかい公園が。これも確かにきれいなんやけど…それだけ。帰りはサイクリングロードを。走ってる人やサイクリングしてる人とけっこうすれ違った。道は川に沿っていて、家はみんなでかくて庭付きで静かできれいで確かに気持ちはよかった。ホステルに帰って近くにレストランを見つけるが、中が暗くて見えないし、メニューが窓に貼られていない。トロントのレストランはたいていメニューが貼られてるんやけど…。で、どうも入りづらくて結局またマクドへ。
夜シャワールームで日本語がちょっと話せる男にあった。なんでも日本人の女の友達がいるらしい。その友達とはウィスラーへ行くバスの中で隣り同士だったので知り合ったつってった。「日本人の女の子はみんなかわいいよ」つってってなぁ。否定しといたけど。この人ドイツ人で、「やっぱりドイツ人でもフレンドリーなやつはいる」と気付いた。昨日の2人とはぜんぜん違う。「今日の夜女の子と部屋で酒飲んで(ホステルは禁酒です、ほんとは)ゲームすることになってるんだ、よかったら来ないか?」と誘われて「行く」と言ったのであるが、そのあと彼に会うことはなかった。酒売ってるとこけっこう遠いからなぁ。遅くなったのかも。名前をアンディと言った。
バックパッカーの中には変わったもん持ってるやつもいる。ギターとか、ラジカセとか。弾き語りしながら旅してるんだろうか。ラジカセはいらんやろ。俺なんか荷物を軽くするために必要最小限に抑えてんのに。しかし最も変わっていたのが、アンディが持っていた、散髪道具。切った髪を払うハケみたいなもんまで入っていた。彼がなぜそんなもんを持っていたのか、今では知るよしもない。
8月22日(水)
今日はついにエドモントンへ行く日である。この日は昨日のサイクリングのせいか、背骨痛がひどかった。電車が出るまで時間があるので予定通り近くのマニトバ州議事堂"Legislative
Building"へ。州議事堂は無料でガイドが案内してくれる。このツアーも客3人、ガイド一人だった。ツアーは意外に短く30分くらいで終わってしまった。仕方がないので周りをうろうろしたり、ダウンタウンへ行って昼飯(ピザにダイエットペプシー)を食ったりした。しかしそれでも時間があまっとる。ホステルへ戻ってロビーでぼけっとしているとベテランバックパッカーぽい人が昼飯の準備しとる。できた昼飯をちらりと見てみると、生野菜の盛り合わせ。お祈りをして生のブロッコリをカリカリと食いだした。ドレッシングもなしでよく生でブロッコリ食えるな。さすがベテラン。ちなみに俺が発見したベテランバックパッカーの見分け方は、ロン毛、ヒゲ、そして細身。多分食費ケチるからみんなやせこけている。
ホステルの周りを散歩してやっと出発することに。VIAまた遅れてんちゃうんと思ったけど、今回は時間通りの15時55分に到着。しかし出発は30分遅れやったかな。
ウィニペグはきれいで静かでいい街やけど、退屈やと思う。ウィニペグにいるときはトロントがすごいおもろい街に思えた。でもアジア人少ないし、留学するにはいいかも。ESLがあるのかどうかはしらんけど。
8月23日(木)
車中で1泊して朝9時ころエドモントンに到着。時差のためさらに時計を1時間戻す。これでトロントとは2時間差だ。エドモントンの駅はダウンタウンからかなり遠い。空港の横やし。バスに乗ろうにも駅がどこかわからん。ホステルはオールドストラスコーナと言うダウンタウンの南にあるのでここではダウンタウンにあるYMCAに滞在することにした。駅から電話して予約して、ついでにどうやってダウンタウンに行けばいいのか聞くと、「駅の人に聞け」とのこと。仕方なくタクシーでYMCAへ。行ってみると電話で予約したはずなのに部屋がないという。11時になれば誰かチェックアウトするかもしれない、というので待つことに。フロントの前に座って待っていると一人のバックパッカーが入ってきて、なにやらYMCAの人と話をした後、俺の横にやってきて、「どこから来たの?」「日本です」「私は英語教師で日本で英語を教えていた」という。"how
long?"と聞くと「4ネンカンハン」と日本語で返ってきた。そしてバックパックからおもむろに日本地図を取り出して、「ここ」と指をさした場所はなんと網走。「めちゃくちゃ寒いでしょ」と聞くと「チョットサムイ」。いやいくらカナディアンでも網走は絶対寒い。そしてさらに当時使っていたテキストまで取り出して見せてくれた。この人話のネタにするために持ち歩いてんのか…。ほかにもマレーシアだかに英語教えに行ったことがあるらしいけど、「チョットムズカシイ」という。なんか教えにくい生徒たちなんやろか、と思ったら、「アツイ」。そういうムズカシサかい。そしてさらに横に座っていた男を俺の連れと思ったらしく、「あなたは日本のどこからきたの?」「いや僕韓国人です」「韓国の地図も持ってるよ、ここに教えに行っていた」、といってプサンだかを指差した。中国にもプサンてあったような…。あるいは俺の聞き間違えかもしれない。「インターネットで日本での教師の仕事探したけど、見つからない」っつってたな。日本人教師クビにしてでもネイティブ雇うべきやろ。ここに泊まるのか、聞くと、満室だからホステルに行く、と言っていた。ホステルはオールドストラスコーナというダウンタウンの南にあるためYMCAからはかなり遠い。そのあと「メイビージュウジハン(に戻る)」といってシャワーを浴びに上の階へ上がっていった。しかしそのあと彼に会うことはなかった。
ふとさっきフロントと話したときに自分の名前を言い忘れていたことに気づいた。「もしかして自分で満室にしといて待ってんのかも」と思って今度は名前を言ってみると、やはり俺のためのベッドは確保されていた。どうやら満室ギリギリだったようだ。
部屋は薄暗いけどウィニペグのホステルより広い部屋にベッドが3つ。2段ベッドはない。男が一人寝ていたのであるが、俺が部屋に入る音で目を覚ましたらしく、"wh..ti.si."
"Sorry?"と聞き返すと、"Ta------ime!"「ああ、時間か…」で時間を教えてやると"Thank
you"と言ってまた眠り込んだ。そんでもって俺もベッドの上で2時間くらい寝てしまった。
起きると1枚の置手紙が。出だしが"Hey room mate"「うわ、この人怒ってんか、俺なんか悪いことしたっけ」、と思って読み進んでいくと、「今日の朝騒がしくしてすまん、あとタバコいやだったら言ってくれ」なんや、ええ人やん…。水を汲むためにペットボトルを持って部屋を出て歩いているとなんかヤンキーっぽいやつとすれ違った。うわコワ、と思って水汲んで部屋に戻るとそいつがルームメイトだった。彼の名前はWade(ウェイド)。手紙を書いたやつだ。どうやら朝のおっさんとは違う男なようだ。フレンドリーなんやけど、えらいしゃがれ声で日本人だっつってんのに容赦ないリアルイングリッシュで何言ってんかようわからん。で、ちょっと話したあとでいきなり「10ドル貸してくれ」と言ってきた。「は?10ドル?何で」いきなりでかなりびっくりした。「いやでもATMで引き出せるでしょ」「明日金はいるんだよ、明日の朝返すから」断るべきやったんやけど、どう断っていいかわからず、しかもあいにく10ドル札がなく、20ドル貸してしまった。20ドルは約1600円やけど、ここではもっと価値ある…。
彼が出て行ったあと、喘息のスプレー式の薬を発見。誰かが忘れていったんやろう、とその時は別に気にしなかった。
とりあえず観光案内所がある"Shaw Conference Centre"へ。でもあんまり役に立ちそうな資料はなかった。建物の後ろはがけで、そこから街の南側と川が見える。緑豊かでエドモントンもきれいな街だ。それからチャイナタウンへ行ってどの店に入ろうかうろうろ迷って結局dim
sum(点心)の店へ。春巻きとちまきを食った。けっこううまかった。エドモントンのチャイナタウンはわりとでかい。少なくともタウン、といえるほどだ。昼飯のあとはアルバータ大へ行った。エドモントンもアジア人少ないなぁっておもっとったんやけど、大学周辺ではかなりアジア人を見かけた。どうも留学生が多いようだ。日本人留学生らしき人も見た。大学近くに"Hub"と言う細長ーいショッピングモールがあるんやけど、夏休みのせいか、行く時間が遅かったからか、ほとんどの店は閉まっていた。帰りにGrandin駅で降りて州議事堂をちょっと見るがツアーはすでに終わっていたので明日また来ることにした。それから駅の近くから出ているストリートカー、よく見るとチンデンではないか。行き先が「浜寺公園」になっとる。メチャメチャ懐かしい気分になった。「うわーチンデンがエドモントンはしっとんのかぁ」って感じでじろじろ見たり写真撮ったりしてしまった。それで1日終わり。
夜になって喘息の薬はWadeのものであることがわかった。薬を置いて出るってことはあんまり重症でもないんだろうか。
そういや朝のおっさんはどこにいったんやろう、と思ったがその日は戻ってこなかった。夜はまた出て行ってファーストフードのギリシャ料理。他のファーストフードよりはよほどマシやろ。
8月24日(金)
朝、Wadeの咳で起こされた。途中から布団に顔を押し付けて音を小さくしようとしているらしかった。そのあとしばらくして彼は出て行った。彼が戻ってくるのをしばらく待っていたがなかなか戻ってこないので仕方なく、「ここに20ドル置いてくれ」と手紙を書いて出発しようとしたら、例のおっさんがまた"what
time is it?"。
向かいのカフェで朝食。意外に高かった。クラッシックスタイル、とか言って目玉焼き二つにトースト2枚にベーコン、ソーセージって朝からこれじゃぁそりゃ太るやろ、カナダ人。朝飯の後はまず州議事堂"Legislature
Building"へ。ここのツアーも客3人、ガイド一人の4人だった。ウィニペグのガイドは短パンにシャツ、スニーカーやったけど、エドモントンのはブレザーにスカート、革靴。そしてエドモントンの方が圧倒的にフレンドリーだった。
州議事堂のツアーはまた30分くらいで終わってしまい、オールドストラスコーナへ。なんかふるーい建物がならんどってけっこうおしゃれである。裏通りでは大道芸人のショーとか、屋台が出とってなんか活気ある。店もいろいろ変わったもん置いてるところが多く、けっこうおもろかった。
それからバスで"West Edmonton Mall"へ。このショッピングモール、世界最大で、行ってみるとめちゃくちゃでかい!デパートに加えて中にジェットコースターはあるし、潜水艦ツアーはあるし、イルカショーやってるし、そしてなぜか小熊までいた。それと波のあるプールもあるし、映画館は19個もあるらしい。あ、あとパターゴルフもできる。ありゃマジびっくりしたね。全部一つのたてもんの中にまとめてしまうとは…。カナダならではやな、しかも街からバスで30分とけっこう遠いのにめちゃくちゃ人きとる。車でスイスイと来れてしまうんやろな、そんなに渋滞もないし。昼飯はフードコートの焼き鳥丼。中国人がやっとるからさぞかしまずいんやろうと思ったけど、意外にまぁまぁだった。でもファーストフードのジャパニーズフードチェーン店、"Edo"は食えたもんじゃない。日本料理とかけ離れとる。
ダウンタウンに戻って「ムタート植物園」に行こうと思って"Grandin"駅で降りて南下するがどうも場所を勘違いしていたようで結局川を渡ってまた"University"駅まで歩いてしまった。これがかなり遠かった。で、電車乗ってまた"Grandin"で降りて例のチンデンに乗ることに。車内は日本の広告貼られたまんま。しかもメチャローカルな広告でホント懐かしかった。『ホテル世界は2人』とか。そして『阪堺電車』の文字。あれに乗ってるときはここがカナダであることを忘れかけてしまった。でも乗客や運転手はカナダ人で、みんな英語しゃべっとって、なんか変な気分やった。この電車、オールドストラスコーナとの間を3ドルで往復する。したがって市バスで行くよりお得やし(片道1.75ドル)、場所もオールドストラスコーナのど真ん中に行くので絶対こっちの方がいい。地球の歩き方には載っていないので、発見したときはかなり嬉しかった。部屋に戻るとすぐにWadeも戻ってきて「今夜絶対に返す、ガールフレンドが俺の銀行のカード持ってるんだ」って嘘くさ、と思いつつ「ハイハイ」と言って出かけて晩飯にサブウェイを食った。戻ってくると例の時間を聞いてきたおっさんの代わりに違うおっさんがやってきた。なんでも昨日はドミトリー(相部屋)が一杯でシングルに泊まったらしい。おじさんはギリシャ人でカナダに来て10年になると言う。何でそんな年とってからカナダに来たのかよくわからんけど、英語の勉強のこととかしゃべった。「テレビ見るのがいいよ」とか言ってたな。
8月25日(土)
電車に乗るために朝7時に起きるとWadeが寝ていた。そしてその横にまたしても置手紙。「夜中に病院から戻ってきた。ガールフレンドと息子が乗った車が事故ったんだ。息子はかなりの重症だ。20ドルに10ドル足して返すから、28日以降に以下の番号に電話してくれ。すまん。返さなきゃいけないのはわかってるけど、今は息子のことで頭がいっぱいなんだ、ほんとにすまん。あと朝俺を起こさないでくれ、夜遅かったんだ」こんな感じの内容だった。かなりうそ臭い。20ドルくらいいつでも返せそうなもんである。仕方なく一応俺の口座番号と名前を残して出発。ギリシャ人のおじさんが干しぶどうをいくつかくれた。
土曜の朝でタクシーがつかまるかどうか不安だったけど、あっさりつかまり駅へ。運ちゃんがフレンドリーでいろいろ話した。"how do
you like edmonton?"と聞いてきたので、自然が多くてきれいでいい街やね。というと喜んでいるようだった。どうやらエドモントンが好きらしい。おっちゃんはレバノンの出身だという。俺が旅行の途中でこれからジャスパーへ行くんだ、というと、レバノン式で幸運を祈ってくれた。電車は時間通り来た。次の目的地ジャスパーまでは約6時間。
電車に乗ってしばらくすると高く険しい山々が視界に入ってきた。どうやらロッキーの麓へ入り込んだようだ。
ジャスパーにほぼ時間通りに到着。街は小さく、一歩外を出るとロッキーの大自然が広がっている。野生動物も多いらしい。まずは観光案内所に行って、ツアーを選ぼうとするがあまりに数が多くていちいち見てられない。日本語ガイド付きツアーにヘリコプターツアーまでいろいろある。地球の歩き方に載っていたブリュースターのツアーが見つからないので今度はブリュースターバスディーポへ。街は小さくバスディーポは駅のすぐ隣りなので移動は便利だ。バックパックを背負えないので助かる。バスディーポでマリーンレイク行きのツアーとバンフ行きのツアーを購入。バンフ行きは途中で"Columbia
icefield"(コロンビア大氷原)のツアーもオプションで買える。っていうか買わないと2時間半ただお昼を食べてみんなが帰ってくるのを待つだけになる。
地球の歩き方によるとホステルには洗濯機がないとのことなので街のコインランドリーで洗濯。ホステルは街から7キロで1日数本出ている民間会社のシャトルバスに乗らないとタクシーに乗るはめになる。まぁシャトルバスも片道3ドルとけっこう高いんやけど。で、そのバスの時間がギリギリで洗濯物を乾燥機に入れる時間がなく、諦めて濡れたままビニールに詰めてバス停までダッシュ。シャトルバスって言うからでかいバスが来るんやとおもっとったら来たのはただのバン。乗客も5人くらい。
ジャスパーとバンフは人気観光地ということでホステルに予約を入れておいた。ジャスパーのホステルは大部屋、というか大広間に2段ベッドがたくさん置かれている。しかも男女相部屋。ホステルは山の中の1軒屋であるが唯一の利点はトラムウェイ(ゴンドラ)に近いこと。したがって歩いてトラムウェイ乗り場へ。これがひたすらのぼりでかなりきつい。トラムウェイへ行く車が何台も俺を抜いていった。
トラムウェイはけっこう混んでてしばらく待ってやっと乗れた。ギュウギュウづめにされて山の上へ。地面からめちゃめちゃ高くてけっこう怖かった…。実は高所恐怖症なんよね…。降り場は確か標高2400mくらいやったと思う。そこからさらに写真を撮りつつ徒歩で上のほうへ。何回か、もう降りようと思ったけど、がんばって人もまばらになるところまで登った。山の上からはジャスパーの町が見える。線路を挟んで街とは反対側にすぐに川があることを発見。明日行ってみることにする。
山登りに時間をかけすぎて遅くなってしまったが(ホステルに戻ったのが6時半ごろ)、食うもんがないので仕方なく下山することに。街から車で10分くらいで来たので徒歩で行っても40分くらいだろう、絶対7キロもないわ、と思って出発したんやけど着いたのは70分後。めちゃくちゃ遠くて、さらにトラムウェイのあとでよけいキツかった。おかげで飯食う時間がなくなったので仕方なくスーパーで買い物してすぐに例のバス停へ行ってまた3ドル払って戻ったのでした。ジャスパーはド田舎なので不便…。ちゅうかなんでホステルあんな山ん中にあんの…。というわけで夜は冷凍ピザ。キッチンで偶然以前のクラスメイトの韓国人に会った。「バンフに行きたいんだけど…」と言うからブリュースターのツアーを教えてあげたら、「あれ高い」。んなこと言ってたらここではどこにも行けないぞ…。そんでもってホステルに洗濯機あったし。急いでホステルより高いコインランドリーで洗濯する必要なかった…。地球の歩き方も全部信じてはいけない…。
8月26日(日)
朝、男女相部屋なため金髪お姉さんのセクシーな寝姿を見れてちょっとうれしかった。
マリーンレイクへのツアーは1時からなので午前中は昨日見た川へ行くことへ。橋を渡るために迂回するのがめんどくさくて線路を横切っていったんやけど意外に遠く、川についてもがけが急でしかも草が生い茂っていて降りれそうにない。仕方がないのでがけに沿ってしばらく歩いていると川へ続く細い道が。土手を降りて森へ足を踏み入れると急に暗く肌寒くなり、草は朝露で濡れていた。「うわ、熊でませんように」と祈りつつ森を横切って川辺に到着。青い川の向こうには頂上近くを雪に覆われたままの山。「うわーすげー」って感動しつつ川に手を入れてみるとめちゃくちゃ冷たい。こりゃどうも泳げそうにない。そんな風に景色を見ていると突然下流約30メートルほどの森の中から何かががさっと出てきた。「熊?」と思ってびっくりして見るとそこには1匹のエルク。ツノでか!はじめて見る野生動物でかなりびっくりして、そして同時にホステルに張ってあった「エルクはどんな場合でも危険です。出会ってもむやみに近づかないように」の張り紙を思い出した。確かにあのツノで突かれたら骨折れそうである。周りに誰も人おらんし、襲われても絶対助けてもらえそうにない。エルクは俺の存在に気づいてちらりとこちらを見るが川に浸ったままあまり動かない。逃げようかと思ったけど、せっかくなので写真を撮ることに。焦りつつレンズを望遠にとり換えて300ミリ側でカシャリ。それでも意外に小さかった…。その後はこっそりその場を後にしたんやけど、しばらくは感動と驚きでずっとドキドキしとった。水浴びするエルクはかなり貴重なような…。
街に戻って昼飯をすませていよいよマリーンレイクへ。ジャスパーは車がないと見所へいけない。一人の俺はツアーに参加するしかない。運転手のおっちゃんがガイドを兼ねつつ湖に到着。そこから90分のボートツアーに参加。これがまためちゃくちゃきれいだった。ブリュースターツアーはでかい観光バスのわりに客は少なくて席は4分の1くらいしか埋まってなかった。そんでもってけっこうお年寄りが多かったな。日本人の女の子もいたけど。多分俺と同じように地球の歩き方見て買ったんだろう。特に1組の老夫婦はめちゃくちゃよぼよぼで、歩くのもままならない。マリーンレイクに着いたときもボートまでの階段を降りれず特別にバンで乗り場まで。でもあんだけ年いって二人で旅行ってそれはそれですごい。
街に戻ってスーパーで買い物して、明日の朝7時20分にタクシーの予約。何しろ出発が早くて例のシャトルバスがない。このタクシーが来なかったら時間通りにバス停に行く術はなく、予約のときに心配で何回か同じことを繰り返して、向こうの人もオーケーつってたんやけど、なんかいやな予感は消えなかった。
晩御飯はほかの店に比べれば安い中華料理。ビーフ焼き飯、やったかな。帰り、シャトルバスには俺ともう一人スペイン人女性と二人だった。えらいなまっとったけど、英語はけっこううまかった。スペイン人が降りたあと、おっちゃんに話しかけてみると、マークハムの出身だと言う。マークハムはトロントの北にある街だ。で、ちょっと盛り上がりかけたところでホステルに着いてしまった。でも人に話しかけてみると、意外な展開が待ってることもあるんやな、と出会いっておもろいなぁと思ったのでした。
8月27日(月)
今日はいよいよジャスパーバンフ間の"Icefield Parkway"(アイスフィールドパークウェイ)だ。世界中から観光客が集まるという。朝7時15分にホステル前でタクシーを待つ。20分になっても来ない。「おーい…、予約したのに…」不安な気持ちが高まりつつさらに5分経過。やっぱり来ない。仕方なく走ってホステルの公衆電話へ。急いでんのに暗くて財布の中がよく見えん…。あー、めんどい!コインは諦めてクレジットカードを突っ込んだ。早く出ろー、と思いつつ何回かコールを待つ。出た!と思ったならんか音質悪い。無線?「タクシー?」「ザー、イエス、プッ」やっぱ無線で運ちゃんと直通やがな!「ホステル来てくれ、早く」「15分か20分かかるけど」「時間がないんやって」「でも無理ですわ、15分か20分かかります」仕方がないので「わかった、待つから早く」といって電話切って走って駐車場にいた人に、「ジャスパーまで連れて行ってもらえませんか?」「いいよ、でもこれから朝ごはん食べるんだ、そのあとでよかったら、かまわないけど?」間にあえへんちゅうねん、ほかの人にも聞いて見るが「まだ出ない」と言う。もうどうしていいかわからんくなった俺はもう1回さっきの人のところへ戻って「お願いします、バンフ行きのバスがジャスパーから出るんです」「でも昨日の夜あまり眠れなかったんだ、ごめん」「でもこれに乗らなかったらバンフ行けないんです、タクシー予約したんすけど、来ないし…、お金払いますから」と頼みこむと、「お金は要らないよ」とついにOKしてくれた。その人は彼女連れで何でも昨日の夜はドアの近くのベッドで、人の出入りであまり眠れなかったらしい。「残り2泊はキャンセルするよ」。山を降りる途中でタクシーとすれ違うが無視して彼の車で駅まで連れて行ってもらった。ありがたいっていうかほんと申し訳ない気持ちでいっぱいで、もはや泣きそうになりつつ「ありがとう」と何回も言って、「お金払います」って言って財布に手をやったんやけど、彼は「いらないよ、頼むよ」と言ってかわりに左手を差し出し、握手して"Have
a nice trip."と言ってくれた。こうして俺は何とかバンフ行きのバスに乗ることができた。ほんと、ジャスパーは街を出るととたんに不便である。彼には本当に申し訳ないことをした。
バスが来てみると運転手は昨日と同じおっちゃん。さらに昨日のよぼよぼ老夫婦も。バスはいくつかの観光ポイントに立ち寄りつつコロンビア大氷原に到着。ムチャムチャタイヤのでかい鋼鉄のバスに乗って氷原へ。降りてみるとなんとあのよぼよぼ老夫婦が!地面氷やのによく来たな、コケたら骨折れるで。しかしなかなかのチャレンジャーである。二人で腕組んでゆっくり歩くのであるが二人ともよぼよぼなので一人こけたら絶対もう一人もこける。したがってブリュースターの運ちゃんとかがいつも横で手を貸していた。
氷河の近くにはレストランがあるんやけど、「絶対高い」と思って行ってみると案の定、「バフェ、only $ 16.50」たか!よくその値段にonlyつけられるなと思いつつ横のデリで3ドル75セントのチキンパイを買った。けっこううまかった。この辺までくるとかなり中国人と日本人のツアー客が増えていた。ジャスパーですでに増えていたけど、もっと多い。
ブリュースターは俺一人のためにわざわざバンフのホステルの前まで行って俺を下ろしてくれた。バンフのホステルは3つ星なだけにオートロックで建物はおしゃれなログハウス。ジャスパーのもログハウスと言えばそうなんやろうけど、どっちかっちゅうと山小屋って感じだ。部屋には2段ベッドが二つ。髪を後ろでひとつにくくった金髪の男が一人先に来ていた。でかいバックパックを開けてなんかがさごそやっとる。どうやら着いたばかりのようだ。俺もベッドに腰を下ろしてがさごそしてたら男は釣り竿を取り出した。「バンフ(湖が多い)やし、釣りが趣味なんやろう」とそのときはそれくらいしか思わんかった。彼に街までどれくらいかと聞くと、うーん、と考えたあとで、「バスディーポからこのバックパック背負って多分10分か15分くらいだったよ、そんなに遠くないよ。」と言う。でも地図で見るとバスディーポはかなり遠くとてもじゃないが15分で着きそうにない。なんか考え事しながらあるいとったんやろう。そのあと「龍」と書かれた彼のTシャツについてちょっとしゃべったんやけど、ほとんど理解できんかった。「ドラゴンて意味でしょ」って意味は知っているようだった。トロントでは漢字のプリントがはやりなんやけど、中には変なのもある。「足」ってプリントされた帽子かぶってるやついたし、「水」のタトゥーとか、あと意味不明の漢字とか。
カルガリー行きのバスの切符を買いに行くべきかまよっとったんやけど、偶然バンフのホステルからカルガリーのホステルまで行くシャトルバスがあることを発見したのでそれで行くことにした。25ドルとけっこう安かったし。この日は結局街には行かずにキッチンでパスタ缶を暖めて食った。
あとから部屋に女のシンガポール人がやってきた。4人部屋なのに男女相部屋になるってことはけっこう混んでたんだろうか。そういや留学生にシンガポール人ておらんなぁって思ったら彼ら英語が母国語だったのね。でもシンガポールに英語勉強しに行くやつっておらんよなぁ。
夜、例の男のルームメイトと話したんやけど、どうもなんか英語がおかしい。外国語なんやろうかと思ってさらにちょっと聞いてたんやけど、そのわりにうますぎる。「こりゃきっとアメリカのどっかの訛りやろう」と思ったんやけど、実はイギリス人だった。しかもロンドンの南の海に近い街から来たと言っていたので、訛ったブリティッシュイングリッシュなのかもしれない。それで釣り好きなのか、とも思った。彼もまた容赦のないリアルイングリッシュをしゃべったのであんまり理解できんかったんやけど、3ヵ月半の旅で、あと2、3日でどっかに行ってそれで終わりだと言っていた。俺と同じであと1年で大学を卒業するらしい。「働きたくなんかないなぁ」って俺と同じこと言うとった。大学生も世界共通なところがあるもんなのかもしれない。仕事に夢とか野心もってんやつなんかエコノミーとかアカウンタント専攻のやつぐらいじゃないのか?前に一度だけソウル大学でビジネスだかを専攻している女の学生にあったんやけど、彼女は「ゴージャスな仕事を見つけたい」と言ってた。仕事にゴージャスなのなんかあるんやろうか。で、そのイギリス人の男の専攻はマリンなんたらって言ったと思うけど(海洋生物学か?)、卒業したら鯉の養殖をするつもりらしい。なんでも今イギリスでは鯉を飼うのが流行っていて、そのあとがよく理解できんかったんやけど、養殖後には仕入れ値の倍の値段で売れるとかなんかそんなことを言うとった。
8月28日(火)
朝、チェックアウトの前に例のシンガポール人とちょっと話した。「一人で旅行してんねん」と言うと「寂しくないの?」と俺がウィニペグでフランス人にしたのと同じ質問。「たまにね、でもこうやって多くの人と出会って、話しできるし、そんなに寂しくないね」彼女はシンガポール生まれやけど、親は中国人らしい。それで学校で英語を習ったって言ってた。中国語とどっちのほうが使いやすいかと聞くと、どっちも同じだ、と言っていた。英語とマンダリンしゃべれたら20億人以上としゃべれるやん、すげぇな。バンフにはグループで来たらしいけど、なぜか彼女だけ俺らの部屋。
荷物をコインロッカーに入れて街へ。バンフの街はとにかく完全に、むちゃくちゃ観光地化されていて、ギフトショップとかがいっぱいあって、なんかキラキラしてる感じで、金のない俺には楽しめそうにないどころかなぜかミジメな気分にさえなりかけててしまった。ファーストフードは食いたくない、と思って安いレストランを探すがそんな街でチャイナタウンにあるような店が見つかるはずもなく、結局諦めてウェンディズへ。隣りにマクドもあったけど、マクドだけは嫌だった。
観光案内所に行って地図をゲットするが、どこが見所なのかよくわからず、しかたなく地球の歩き方を見て温水が湧き出ていて熱帯魚も見れるという場所へ行ってみることにした。しかしなかなか見つからなくて、どこやねん、と思いつつうろついていると、どうやら水があったであろうという感じの川あとを見つけたんやけど、すでに乾ききって草が生い茂っている。「涸れたのか…」と道を間違えたのかよくわからんかったけどとにかく諦めて今度は野生動物に会える確率が高い、という"Fenland
Trail"(フェンランドトレイル)へ。トレイルの前でレンズを望遠に換えて森へ足を踏み入れる。森の中はいかにも出そうな雰囲気やけど、何もいない。しばらく歩くと川辺に出て、森の向こうにロッキーの山々が。景色はきれいだ。でも動物がいない。そのあともトレイルは続いたが会ったのは結局リスだけだった。
カルガリー行きのバスが来るまでにまだ時間があるので今度はボウ滝へ。しかしこれが崖の下で対岸からは見えそうなんやけど、こっちからはよく見えない。ボウ滝の近くからホステルへ帰れそうなトレイルが地図に書かれていたので、その道を行くことに。立て札に1.5キロ、と書かれていたのでせいぜい3、40分やろうと思って出発。ごくたまに人とすれ違うけどトレイルは森のかなり奥深くへ続いていて、熊でえへんかとかなりおどおどしつつ先へ進んだ。ホステルは山の上なのに30分くらい歩いてもまだ川のそば。もしかして迷った?と思って急ぎ足で行くと道は上り坂になり、あるところで二つに分かれていた。でも何の立て札もない。たぶん左やろ、と思ってさらに坂を登るとホステルのすぐ近くの道にやっと出た。1.5キロって絶対うそ。急いだのに何で2.1キロのフェンランドトレイルより時間かかんねん。このトレイル景色はきれいでいいけど、かなり森の中をあるかなあかんし、坂もけっこう多い。動物にも会われへんかったし。
ホステルに戻ってもまだ時間があったのでカフェでビールを一杯。ボトルが4ドルとけっこう高い…。それでも時間があったのでメールをチェックすることに。20分2ドル。100通以上溜まっていた。
ソファで休憩してやっとそろそろ時間になったので荷物を持って外で待っていると、財布がないことに気づいた。財布を無くすとマジでシャレんにならん。現金もクレジットもバンクカードも全部はいっとる。メチャメチャ焦るがすぐにインターネットマシーンに置いてきたことに気づきダッシュで戻るとまだあった。助かった…。俺が財布をとるとネットしてたやつが、"shit"と一言…。オマエパクる気だったのか…。
カルガリー行きのシャトルバスは予想通りただのバンだった。しかも客俺一人…。カルガリーまでは車で2時間だ。途中運転の兄ちゃんとしゃべったんやけど、バンフに引っ越して3年になると言う。夏はハイキングとかして、冬はスノボするらしい。エドモントンの出身らしいけど、「そのために越してきたんだよ」、と。なるほど、そういう人生もありやなぁって思った。仕事は軽くこなして、趣味に生きる…。そういや前にアエラで似たようなやつのこと書いた記事読んだぞ…。でも親とかいろいろ言うんやろなぁ、結婚しろとか定職つけとか、「早く孫の顔が見たいわぁ」とか。彼の運転はうまかったけど、かなり飛ばし屋で車間つめて怖かった…。
最終目的地、カルガリーに到着。俺の旅もほぼ終わりである。とりあえず晩飯を食いにチャイナタウンへ。カルガリーのチャイナタウンはまぁまぁの大きさだった。しばらくうろついて安そうな店へ。テーブルに座っていた親子連れは客だと思ったら店の人だった。家族経営のようだ。子供が俺の注文をとり、おとっつぁんが作って、おっかさんが持ってきた。うまかった。俺が最後の客で、食ってる途中でキッチンの明かりが落とされた。「これは早く帰らねば」とやや急いで店を出たのでした。中国人にしては愛想のいい人たちだった。
この日の夜は寝にくかった。10分ごとに踏み切りがカンカンなり、夜中に誰かがチェックインしたのか、ガサガサいう音で起こされ、早朝にもう一人ほかのやつが出て行く音で起こされた。
8月29日(水)
今日はついにトロント行きの電車に乗る日だ。エドモントンを4時半に電車が出るのでそれまでに着かなければならない。カルガリーを12時か1時に出ることにした。荷物を倉庫に預けてカルガリータワーに行くことに。財布に入っているアイシックの学生カードに気づいた受付の人は、「それ持ってると4.5ドルよ」と言って割引きしてくれた。カルガリータワーは古いせいか、隣りのビルのほうが高かったりする。でもうっすらとロッキーを見ることができた。晴れていればくっきりと見えるという。そのあと近くの歩行者天国をぶらつくが朝早いため店もあまり開いていない。おっちゃんが水をまいて通りを掃除している。観光案内所らしき場所を発見して入ってみるとたくさんのカウボーイグッズが。カルガリーはカウボーイで有名だ。夏にはカルガリースタンピードというでかいイベントがある。そういや運転の兄ちゃんが「別名"cow
town"だよ」って教えてくれた。
朝飯を食うためにファーストフード以外の安い店を探して歩くが見つからず、結局ちょっとかわったホットドックとダイエットペプシ。フランスパンみたいなのにソーセージが突っ込んである。
ホステルに戻って荷物とって出発。バスディーポはなぜかダウンタウンの西のはずれ。途中までは無料の市電があるがそこからさらに徒歩20分。さらに着いても入り口がわからず、歩行者立ち入り禁止の駐車場へと続く坂道を登って、せっかく登りきったと思ったらエレベータで下に降りてやっと到着。ホントの入り口は裏側だったようだ。ジャスパーで聞いたとおりエドモントン行きのバスは毎時間出ていたが、なぜか1時と2時のバスは到着時間が同じだという。なんじゃそりゃ。結局1時のバスに乗って4時半にエドモントンに到着。車中での食費を抑えるためにスーパーを探すが発見できず、せめて晩飯だけでも、と近くのファーストフードでお決まりのコンボ(フライドポテト、ドリンク、ハンバーガー)を買ってタクシーつかまえて駅へ。運ちゃんに話しかけると"how
do you like edmonton?"と「いい街やろ〜」みたいな感じで前の運ちゃんと同じ質問。どうやらみんなエドモントンが好きらしい。確かにエドモントンはいい街だと思う。自然が多いし、田舎ってこともなくそこそこ便利やろうし、世界最大のショッピングモールもある。
電車は時間通り来た。今回は一人で横2つの席をとれた。
8月30日(木)
暇なのでオブザベーションデッキで窓から景色を見ていると横の男が話しかけてきた。動物の話になって、そこから狩りの話になってついにムースの肉がどうのという話になったんやけど、この人声が小さくて何言ってんかよくわからん。そして名詞の前にことごとく"fuckin'"をつける。俺にはなぜそこまで執拗にファックファック言うのか全くわからんかった。とにかくなんかちょっと変わったやつだった。
二つ席をとれてよろこんどったんやけど、ウィニペグでたくさん乗ってきて、俺の横に黒髪に青い目の若い男が座った。「どこに行くん?」と俺。「トロント」「俺も。観光?」「いや、コンピュータのカレッジに通うんだ」「え、俺も9月からコンピュータの学校いくつもりやねん。」とトロント、コンピュータの学校、と二つも共通点があって、「マジで?トロントで一杯やろうや」ってくらい盛り上がってもよさそうなもんなのに、「ふぅん」といって彼からは何も話さず、ついにヘッドホンで音楽聞き出した。「うわ、こいつクラ〜」と内心。今までのカナディアンと全然違う。カナダ人でもこんなやつおるんや、やっぱコンピュータやるやつって暗いやつが多いんだろうか、俺の学校こんなんばっかりやったらどうしよ、って思ったけどすぐに、こいつカレッジに通うってことは高校出たばっかりか、そういや俺も高校のころはこんな感じやったかなぁ、って考えた。高校のころなんか別に出会いに面白さなんか微塵も感じてなかったし、知らん人となんか気ぃ使うから話したくない、っておもっとった気がする。だとするとこいつも2、3年すれば変わるかもしれない。それにこいつは別に旅行者じゃないし、こいつにとってはここは外国じゃないし。ところでこいつ手には袋一杯に詰まったジャンクフード。ヘッドホンで音楽にジャンクフードって若者の典型やん。なんか今のモノってどこでもすぐに目に見えないバリア張って自分だけの世界作れるよなぁ。ヘッドホン、ゲームボーイ、ケータイ、モバイルコンピュータ、一昔前にはポケベル…。話したくなかったら彼のように音楽を聞き出す…。そんなモノの中で育った彼らはいったいどんなナマの人間関係を作り上げていくんだろう…。ゴメンよ、社会学好きで。
食費は抑えたいが記念に食堂車で食事してみたい気もしたので、1回だけ行くことにした。ほかより安いパスタウィズガーリックトーストを食ったんやけど、パスタは薄味ながらけっこううまかった。ガーリックトーストも普通にうまかった。
隣りのやつは別に俺とはしゃべりたくないようなので、退屈だし窮屈なのでオブザベーションデッキへ。子供の横に座ったんやけど、これがえらい賢いガキンチョだった。最初トランプして、7ならべとかババ抜きとか教えたったんやけど、どうも二人では盛り上がらんかった。「ほかに何か教えて」と言うから「どうしよ、もうなんも知らんわ、あーポーカーしっとるけど子供に教えていいもんだろうか…」と悩んだ末に、「ポーカー知ってる?」と聞くと「知ってる、やってみる?」と言う。13歳でポーカー知ってるもんなのか…?さらにブラックジャックもしっとって、「これはカジノでよくあるゲームでディーラーが…」とか語りだした。ほかにもいろいろ話したなぁ、こいつとは。子供とはいえ普通にしゃべるのでなかなか理解しづらかった。「トロントで英語勉強してんねん」「英語上手じゃん。日本のどこから来たの?」「大阪、知ってる?」「知ってるよ、日本で2番目に大きい都市でしょ」みんな2番目って言うけど、2番目は横浜ちゃうん?「どこに行ってきたん?」「ウィニペグ4日、エドモントン4日だよ。ウェストエドモントンモール行った?」「行った、あれすげぇな」「プール入った?」「いや、見ただけ」「絶対入るべきだったよ、すごく楽しかったのに」あと映画の話もして「ラッシュアワー2観たよ」「ジャッキーチェンは好きか?」「うん、ジェットリー知ってる?ジェットリーはいい格闘家だけど、俳優としてはまぁまぁだね、でもジャッキーチェンはいい格闘家でかついい俳優だよ」一般の意見としてはジャッキーの格闘はまぁまぁのはずなのであるが彼の意見は違うらしい。そういや将来は俳優になりたいって言ってた。話が一段落して、俺が目をつぶっているときに彼が再び話しかけると「あ、ゴメン、眠いの?」「いや、べつに、何?」「いいんだ、よかったらここで寝なよ」といって席を立ちかける。「いや、ホント別に眠くないって、で、なに?」「スリーピーホロウって知ってる?」「観たよ、カナダの映画やろ?」「うん、多分ね、でもあんまり面白くないね」
話は変わって、「日本は今不景気なの?」このガキンチョ確かに"ressess"?どう綴るんだ?リセスという単語を使った。日本語訳「景気後退」やで、13歳が景気に言及するのかぁ!と驚きつつ「あ、あぁ、そうだね」。ほかにもカナダの学校のこととかいろいろしゃべってかなり勉強になった。高校までは"term"と言うけど大学からは"semester"になるらしい。
彼の親は離婚して、今回はおとっつぁんと妹とで旅行しているらしい。それが彼の性格に影響を与えたのかどうかはわからんけどね。えらい大人びた子だった。
8月31日(金)
またオブザベーションデッキに座っているとおじさんが横に座って話し掛けてきた。東京、大阪、京都、そしてなぜか佐渡に行ったことがあると言う。寿司大好きっつってた。窓の外の野鳥の種類を教えてくれた。佐渡に行ったときにバスに乗り遅れて困っていると日本人に話しかけられて、なんちゃら廟院へ行きたいと言うとその日本人が大急ぎで車で病院へ連れて行ってくれて、日本人てなんて飛ばすんだ、と驚いたと言う。「田舎の人は親切ですよね」「そうだね、都会の人はちょっとね…」「忙しいんでしょうね」「それに知らない人と話をするのを怖がってることもあるし」
今トロントのクイーンストリートに住んでいるらしいけど、都会生活に飽きたのでどこかに引っ越したい、と言っていた。クイーンと言えばトロントで最もファッショナブルな通りで、たくさんの変なかっこした若者がうろうろしている。あとロッキーの話になって、俺が「どっちかっていうとバンフよりジャスパーのほうが好きだ、バンフは観光地化しすぎて人多いし車も多いし、土産屋だらけやし」と言うと「僕もだよ、バンフはちょっとにぎやかすぎるね」実際バンフの街はトロントのダウンタウン並に人多いし、路駐にいたっては大阪並である。で、周辺の道や川もごみとか空き缶でちょっと汚れていたりする。
そのあと彼は「寒いから降りるよ」と言ってデッキを去っていった。彼が今回の旅で出会った最後の人だった。そして俺の乗ったVIA鉄道は予定より少し遅れて、9時7分ころにトロントに到着した。
電車を降りて出口へ向かって歩いていると昨日しゃべった子供とそのおとっつぁんと妹が。話しかけようと思ったけどちょっと距離が遠いのであとにすることにした。しかしゲートを出るとそこにはお母さんが待っていて、再開の抱擁。パパはハグするんだろうかと思ってちょっと見てたんやけど、ママとの間に子供二人をはさんで距離をおいている。どうもやっぱり離婚しているらしい。しかし子供たちはホントにうれしそうだ。例のガキンチョには話しかけずにその場をあとにした。
今回の旅で、本当にたくさんの人と出会えた。カナダ人、フランス人、ドイツ人、ギリシャ人、イギリス人、シンガポール人。もう彼らには2度と会うことはないけれど、彼らに会って、話ができて本当にいい思い出になったと思う。ウィニペグで会ったフランス人はもうケベックで恋人と再会したかもしれない。バンフで会ったイギリス人は母国へ帰っているころだろう。彼らのその後はわからないけれど、楽しく過ごしていることを願っている。
トロントにいると、時にカナダ人との出会いがなく、残念に思うことがある。でも今回はじめて旅をして、たくさんのカナダ人と話すことができて、いい経験になった。そして一人でも旅行できるやん、ネイティブとだって英語でコミュニケーションできるやん、と自信を得ることができた。はっきり言って、行く前はこんなにも多くのものを得ることができるとは思ってなかった。でも終わってみて「ESLに行くより勉強になる」、って思ったくらいである。というわけで、留学生には一人旅することを強くお勧めする。
俺が訪れた5つの街すべてにあったもの、それはマクドナルド。そしてすべての街にいた人、それは中国人。
そうそう、「女だから」と言って避ける人がいるけど、特にロッキー、そして電車の中は安全だと思う。ロッキーでは一人旅してる日本人の女の子を何人か見ました。彼女らの共通点はなぜか小柄で見た目おとなしそうだった。女だから、という心配はほとんど要らないと思う。エドモントンとかの都市でも別に問題ないと思うけど。普通に気をつければ。
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